年頭にあたり

2005年1月9日 日常
ここしばらくなんだか頭の中身がごちゃごちゃしていた。
考えたことを書いておきたいと思う。

年賀状。
例年であれば、じっくり考えることもなく。
12月30日とか31日に必死に書いていた。
仕事の忙しさを理由に、
とりあえず「出さなくちゃ!」って処理をしていた面も否めない。

2000年位から、身の回りがバタバタとしていて。
それは引越しであったり、交通事故であったり、
結婚&離婚であったり・・・・
身体的にも精神的にも参って、まともに年賀状を出せない時も。
でも、そうこうしてしるうちに
大事な人との音信が途絶えてしまっていた。
恩師とか、高校のときの親友とか。
結婚や引越しなど変化の大きい時期も重なって、
相手の連絡先すら分からなくなってしまっていたりもした。
年齢とともに交友のメンバーも変わっていくし。
もちろん学生時代のような親しいお付き合いもできないし。
でも、大事な人は大切にしなくては。
それが一年に一回のご挨拶しかできなくても。

過去の年賀状を引っ張り出して、年賀状を書き。
98年ごろからの写真の整理し(大量で大変でした(泣))。
そんなことをしていたら、いろんなことを思い出した。
結論を言えば。
自分の生き方は、かなり我儘で傲慢だったのだな、と。
周囲の方々の力や手を借り、
迷惑をかけながら助けてもらっていたのに。
何でも自分でやってきたような顔をして生きてきたんだな、と。

実は。
大学の恩師に久々に年賀状を書いた。
返信は来たが、コメント無し。

薬学部にも卒論がある。
4年生になると研究室に所属し、実験をして論文を書く。
研究室に配属した私は「よくない学生」だったと思う。
「出来のよくない学生」ならまだいい。
はっきり言えば「無礼な学生」だったに違いない。
(詳細はややこしく、かなり私的なこともあるので省く。)
当時はもちろんそんなつもりではなかったけど。
若さ故の無知と未熟とはいえ。
今思い返せば、甚だ無礼千万で厚顔無恥であったな、と。
コメントなど書かないだろう。

ガンという病気になって、気づいたこと。
人は、人と関わって生きている。
そうでなければ生きられない。人はひとりでは生きられない。
目に見える見えないに関わらず、誰かに支えられて生きているし。
また自分が生きることで、誰かを支えているのかも(と思いたい)。
だから「ありがとう」と感謝を、ちゃんと伝えなくては。
大事なのは、人の心。
ただ生きているだけでは意味がない。
心がしなやかで、のびのび生きてこそ。
だから「笑顔」で居なくては。
ようやっと気づけたのかもしれない。

私は、変わらなくてはいけないんだろう。
背伸びをして自分を大きく見せることなどせず。
今の自分を等身大で生きよう。

例の恩師には、年賀状を書き続けることにしようと思う。

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